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停止車両と走行車両で変わる追突回避の要件 ― CCRs と CCRm

Euro NCAP の AEB(自動緊急ブレーキ)評価には、後方追突を対象としたシナリオが複数あります。その代表が CCRs(Car-to-Car Rear stationary)と CCRm(Car-to-Car Rear moving)です。どちらも「自車が前方車両に追突する」という骨格は同じですが、前方車両が「停止しているか・動いているか」という1点の違いが、回避に必要な制動の考え方を根本から変えます。本記事では、両シナリオの試験条件を整理したうえで、その核心にある相対速度の物理を元予防安全開発者の着眼点で解説します。


1. CCRs と CCRm の試験条件

まず試験条件の基本を確認します。以下の数値は本サイトの data/scenarios/euro-ncap/ccrs.json および ccrm.json(出典:Euro NCAP AEB Car-to-Car C2C Test Protocol、確認日 2026-06-07)から引用しています。原文の文章・図表は転載していません。

CCRs:停止車両への追突

CCRs は自車(VUT)が 停止している 前方車両(GVT)に 100% オーバーラップで接近するシナリオです。交差点手前での停止車列への突入などを想定しています。

項目
前方ターゲットの動き停止(0 km/h)
試験速度帯(City)10〜50 km/h
試験速度帯(Inter-Urban)30〜80 km/h
刻み幅5 または 10 km/h
オーバーラップ100%

CCRm:走行中の前方車両への追突

CCRm は前方車両が 20 km/h 定速で走行中 というシナリオです。高速道路・幹線道路(Inter-Urban)での渋滞末尾への追突を想定しています。

項目
前方ターゲットの動き20 km/h 定速
試験速度帯(Inter-Urban)30〜80 km/h
刻み幅5 または 10 km/h
オーバーラップ100%

CCRs と CCRm の違いは「ターゲットが 20 km/h で走っているかどうか」の一点です。しかしこの差が、物理的に必要な制動距離とセンサ要件を大きく変えます。


2. 必要制動を決めるのは相対速度

絶対速度ではなく v_rel が支配する

停止対象(CCRs)の場合、回避に必要なのは「自車を完全に停止させること」です。自車速度 v_s からゼロになるまでに必要な制動距離は、一定減速度 a を仮定すると次式で表されます。

必要制動距離(CCRs)= v_s² / (2a)

一方、20 km/h で走る前方車両(CCRm)への追突回避に必要なのは「自車を完全停止させること」ではありません。前方車両に追いつかない状態、つまり 相対速度(接近速度)をゼロにすること です。

相対速度は次式で定義されます。

v_rel = max(v_s − v_t, 0)

ここで v_t はターゲット速度(CCRm では 20 km/h ≒ 5.56 m/s)です。同じ自車速度でも v_t が加算される分だけ v_rel が小さくなり、必要制動距離も縮まります。

必要制動距離(CCRm)= v_rel² / (2a) = (v_s − v_t)² / (2a)

本サイトの src/sim/core/kinematics.tslastChanceGapM 関数はこの式を実装しており、targetSpeedKmph = 0 のとき(停止対象)と targetSpeedKmph = 20 のとき(CCRm)で結果が変わります。

具体的な数値で確認する

たとえば自車速度 50 km/h(≒ 13.89 m/s)、想定ブレーキ能力 0.9 g(≒ 8.83 m/s²)で計算すると:

CCRs(v_t = 0 km/h)

v_rel = 13.89 m/s
必要制動距離 = 13.89² / (2 × 8.83) ≒ 10.9 m

CCRm(v_t = 20 km/h ≒ 5.56 m/s)

v_rel = 13.89 − 5.56 = 8.33 m/s
必要制動距離 = 8.33² / (2 × 8.83) ≒ 3.9 m

同じ 50 km/h での接近でも、前方車両が 20 km/h で走っているだけで必要制動距離は約 10.9 m から約 3.9 m へ、3 分の 1 以下になります。自車速度だけを見て「CCRm のほうが楽だ」と判断する向きは多いですが、この直感は正確です。ただし設計上の含意はその先にあります。


3. 開発者目線の設計含意

必要制動距離が小さくなる=余裕が大きい、という整理は運動学的には正しいです。しかし予防安全システムを設計する立場から見ると、CCRm には CCRs とは異なる難しさがあります。

相対速度の推定精度が効く

CCRs では前方ターゲットは静止しているため、レーダー・LiDAR・カメラのいずれも「動かない物体」として検知します。相対速度の計算は自車速度をそのまま使えばよく、センサ誤差の影響が比較的小さい。

CCRm では前方ターゲットも動いているため、センサが検知する相対速度に誤差が含まれた場合、その影響が直接 v_rel の推定誤差になります。同じ絶対誤差でも、v_rel そのものが小さい CCRm では、相対的な誤差率が大きくなります。たとえば実際の v_rel が 8 m/s のところを 9 m/s と誤推定すれば、必要制動距離の計算が約 26% 過大になります。v_rel が 14 m/s のときと比べると、同じ 1 m/s の誤差でも影響度合いが段違いです。

この考察は Phase1(運動学のみ)の範囲です。センサモデル・誤差解析は Phase2/3 で扱います。

AEB 介入タイミングへの影響

最終制動点(これ以上遅れると物理的に回避不能になる時刻)は timeToLastChanceS で算出できますが、実際の AEB システムはセンサ確証・誤検知抑制のために数百 ms〜1 秒程度の認識確定時間を要します。CCRm では必要制動距離が小さい分、最終制動点に達するまでの時間(TTC - 回避に必要な時間)が長く見える場面もありますが、相対速度の不確かさを踏まえると、余裕を過信して介入タイミングを遅らせることには慎重になる必要があります。

前方車両の挙動変化への対応

CCRm の試験では前方車両は 20 km/h 定速という想定ですが、実環境では前方車両が減速・加速することがあります。定速を前提にキャリブレーションされた介入ロジックが、前方車両の急減速時に v_rel の急増を捉えきれるかは、別途検討が必要です。これは試験プロトコルが問う範囲を超えますが、開発者として常に意識しておくべき問いです。


4. デモで体感する

トップページの2D俯瞰デモでは、CCRs と CCRm を切り替えて速度・車間・ブレーキ能力を動かしながら、最終制動点の変化をリアルタイムで観察できます。

  • CCRs モードではターゲット速度 0 km/h(停止対象)
  • CCRm モードではターゲット速度 20 km/h 定速

スライダでターゲット速度を変化させると、必要制動距離がどのように変わるかを視覚的に確認できます。


まとめ

CCRs と CCRm の本質的な違いは「ターゲットが 20 km/h で走っているか」の一点ですが、それが必要制動距離の計算式を v_s²/(2a) から (v_s−v_t)²/(2a) へと変えます。同じ自車速度でも CCRm のほうが必要制動距離が小さくなる点は直感と一致しますが、その背後には相対速度推定の難しさという設計上の問題が潜んでいます。

最終制動点・必要制動距離の基礎概念については、並行作成中の記事「最終制動点と必要制動距離」も参照してください。


数値は data/scenarios/euro-ncap/ccrs.json および data/scenarios/euro-ncap/ccrm.json(出典:Euro NCAP AEB Car-to-Car C2C Test Protocol、確認日 2026-06-07)に基づく事実データを再構成したものです。原文の文章・図表は転載していません。

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